地球政府基準系2658年、準惑星マケマケに建造された宇宙連邦第901基地において、未知の寄生生物による大規模な襲撃事件が発生。
　さらに、マケマケに古くから定着している非知性のエイリアン《亜禍》が基地内に侵入。多くの犠牲者を出す事態となった。

　それから4日後、地球政府によって、正確な地球人の死傷者及び行方不明者数が公表された。
　死者75名、重体(変異体と化した者)238名、行方不明者83名。
　そして、犠牲者の中に、《ダグラの塵》であり、第901基地ではラボの所長を務めていたハロルド・ヒラニシと、彼のDNAを受け継ぎ、《ダグラの塵》候補としてαケンタウリへの派遣が決まっていたメリッサ・ヒュームの２名が含まれることが報じられると、世界中が悲しみに包まれた。
　この襲撃事件で、変異せず無事に生還できた地球人は、僅か5名だった。

　この襲撃事件で不可解な点と言えば、犠牲者の12体の遺体から、複数の弾痕が見つかったことだ。
　第901基地は、銃火器の持ち込みを禁じている。唯一の例外は救助隊だが、彼らが所持している銃はエネルギー弾であり、遺体の弾痕とは一致しない。
　当然ながら、生存者の中に銃火器を隠し持っていた者はおらず、犠牲者からも見つからなかった。

　この件に関して、地球政府は、襲撃事件の首謀者によるものとの見解を発表した。
　ところが、宇宙連邦のそれを否定。事件発生から救助隊が到着するまでの間、銃を所持した第三者が、マケマケに潜入した可能性が高いとの調査結果を発表した。

　事件から10日後、宇宙連邦の医療技術により、重体だった238名全員が回復に向かっているとの吉報が届く。
　ただし、身体の変異が進んでいた148名の記憶は、脳組織の記憶細胞ごと失われており、第901基地内の医療センターに保存されているバックアップデータから復元する影響で、その一部に欠損が生じるとのこと。

　襲撃事件から1ヶ月経過。
　宇宙連邦における地球人の序列低下が避けられない状況であることが明らかとなる。
　《ダグラの塵》(ハロルド・ヒラニシ)が失われたことがその理由だ。
　地球政府の専門家の分析によると、地球人の序列は現在の129位から、132〜135位に格下げになるとのこと。

　年が変わって、地球政府基準系2659年。襲撃事件から3ヶ月が経過した。
　弾痕の件で、ようやく進展があった。宇宙連邦に加盟している種族《ンヴェメゼテ人》の兵器密売組織の関与が、関係者のリークで判明したのだ。
　マケマケにおける兵器密売組織の犯行のあらましはこうだ。

　兵器密売組織は、生物兵器としての《亜禍》に着目し、襲撃事件発生の数ヶ月前よりマケマケに潜伏していた。
　そこへ、第901基地に異変があり、亜禍が建物内に侵入。組織の連中は、詳しい状況を把握するため、混乱に乗じて基地に潜入した。すると、従業員たちは変貌して理性を失っているではないか。
　兵器密売組織は急きょ、ターゲットを《亜禍》から変異体に切り替え、計83体を捕獲し、救助隊が到着する前にマケマケを後にした。

　《ンヴェメゼテ政府》は、兵器密売組織との関与を否定。
　さらに、地球人の拉致に関わった兵器密売組織メンバー全員の身柄を拘束し、即日処刑したと宇宙連邦に報告。これで幕引きにしようと画策するが、宇宙連邦が納得するはずがない。
　地球政府は、《ンヴェメゼテ政府》に対して、拉致された行方不明者の早期返還を要求した。

　地球政府基準系2659年4月。
　《ンヴェメゼテ政府》が兵器密売組織を主導していた証拠が見つかったと報じられるが、《ンヴェメゼテ政府》は反政府組織による捏造であると一蹴。
　さらに、兵器密売組織によって拉致された地球人83名は、全員死亡していたとの調査結果を発表した。

　地球政府は遺骨の返還を要求するが、《ンヴェメゼテ政府》は拒否。

　地球政府基準系2659年6月。
　宇宙連邦における地球人の序列が、129位から135位に低下した。

　地球政府基準系2659年7月。
　50年間、太陽系を航行し続けた《スターシップイワマチ》が、その役目を終えることになった。
　《スターシップイワマチ》は、故メリッサ・ヒュームが、準惑星マケマケへ向かう際に乗艦したことで知られている。
　引退後は企業体の《未来冷凍》に売却され、ワーム型種族の居住用コロニーとして利用される計画である。

　地球政府は、準惑星マケマケに定着している《亜禍》の駆除に、本格的に乗り出すと発表した。
　宇宙連邦からの支援で、警備兵60名が派遣される。
　地球人の青年ブライアン・チェンバースも、そんな警備兵の1人である。

　地球政府基準系2659年9月。
　地球政府は、UALPテスト85ポイント以上のアンドロイドに対して、人権を認めることを宣言。
　それは、宇宙連邦の機械生命管理局が推奨しており、地球人の序列を少しでも上げるのが狙いである。
　それによって、ブライアン・チェンバースの恋人のアンドロイド、ジェイニーに人権が認められる。

　地球政府基準系2660年1月。
　《ンヴェメゼテ政府》と兵器密売組織の関係性を示す証拠が次々に見つかり、もはや言い逃れできない状況に。
　惑星《ンヴェメゼテ》の衛星《シイハテ》の人工生命研究所に、マケマケで捕らえられた寄生体が持ち込まれ、不可視化のメカニズムに関する研究が行われていることが判明した。宇宙連邦は《ンヴェメゼテ政府》に、研究の即時凍結と研究資料の廃棄。そして、調査団の派遣を受け入れるよう命じた。《ンヴェメゼテ政府》はそれに応じる構え。

　地球政府基準系2660年2月。
　ついに、《ンヴェメゼテ政府》に厳しい処罰が下された。
　《ンヴェメゼテ人》の序列が、117位から140位に降格処分となる。さらに、宇宙連邦が管理するワームホールの利用禁止と、地球政府に対して3兆円相当の賠償金の支払いを命じられた。
　《ンヴェメゼテ人》の序列低下の影響で、地球人の序列が135位から134位に繰り上がる。

　宇宙連邦が《シイハテ》に派遣した調査団は、人工生命研究所の閉鎖と研究の凍結を確認。持ち込まれた寄生体はすでに廃棄処分されており、回収にはいたらなかった。

　地球政府基準系2660年4月。
　ジェイニーが《未来冷凍》に就職した。勤務先は、ハーシェルの軌道上にある《スターシップイワマチ》となる。
　こうして、ブライアン・チェンバースは、週の最後の勤務を終えると、シャトルに乗り込み、マケマケからハーシェルへ通うようになった。

　地球政府基準系2660年5月。
　ブライアン・チェンバースとジェイニーが婚約した。

　地球政府基準系2660年6月。
　《ンヴェメゼテ政府》が、宇宙連邦から離脱する。

　地球政府基準系2660年9月。
　《ンヴェメゼテ政府》所属のスターシップが、宇宙空間を遊泳中のワーム型種族の40メートル級親個体に対して、砲撃する事件が発生する。
　ワーム型種族は重体。これに激怒した宇宙連邦は、報復として《ンヴェメゼテ人》の母星《ンヴェメゼテ》に対して、地殻液状化兵器を使用。
　大陸の1つが海に沈み、推定20億人もの犠牲者を出した。

　地球政府基準系2660年10月。
　宇宙連邦に加盟している種族ティーガーデン人が運営する観光衛星が、突如、エイリアンの大群に攻め込まれ、多大な犠牲者を出す。
　すぐに、《ンヴェメゼテ政府》が、母星攻撃に対する報復であると声明を出す。転送技術を用いて、攻撃目標に生物兵器を直接送り込む手口は、マケマケの襲撃事件を模倣したものと考えられる。

　宇宙連邦は、現在、《ンヴェメゼテ政府》と戦争状態にあると宣言する。
　さらに、《ンヴェメゼテ政府》のスターシップに、寄生体の不可視化のメカニズムを応用して開発された遮蔽装置が搭載されている可能性を示唆。つまり、《ンヴェメゼテ政府》のスターシップが、密かにティーガーデン星系に侵入し、観光衛星に生物兵器を転送できる距離まで接近できたのは、遮蔽装置のお陰かもしれないと言うのだ。

　地球政府基準系2661年2月24〜5日。
　ここは、ハーシェルへ向かって突き進むシャトルの中。操縦席で仮眠中のブライアン・チェンバースは、けたたましいサイレンの音によって叩き起こされた。
　「緊急通信!?　……応答してくれ」
　すると、ブライアンの目前に、半透明のジェイニーが映し出される。
　「良かった。繋がった！　ブライアン。緊急事態なの」
　ジェイニーは大層慌てた様子で背後を確認すると、声のトーンを少し下げて話を続けた。
　「《イワマチ》が襲撃されているの！」
　「襲撃って……、まさか、《ンヴェメゼテ人》が攻め込んできたのか!?」
　「突然、大量の怪物が、艦内に転送されてきたみたいなの。去年、ティーガーデンの観光衛星が襲われた時と同じ手口だから、多分……」
　「くそッ！　《ンヴェメゼテ人》め」
　ブライアンは時計に目をやる。《スターシップイワマチ》に到着するまで、あと約30分といったところか。
　「ジェイニー、落ち着くんだ。他の職員はどうした？」
　「みんなは、もう脱出したと思う。わたし、感情ユニットの診断中で、艦内の異変に気付くのが遅れてしまったの」
　ジェイニーは悲しそうな表情を浮かべる。１人だけ置いてけぼりにされたのだから、無理もない。
　「連邦の救助隊には連絡したのか？」
　「連絡済みよ。でも、到着まで1時間半も掛かるって言われた」
　「俺はあと30分で到着する。連邦から支給された最新式の銃も、シャトルに積んでいる。こいつは《亜禍》だって一撃で倒せるんだ。《ンヴェメゼテ人》の生物兵器なんて楽勝さ」
　「わかった。早く助けに来て、ブライアン。何かあったらまた連絡する」
　通信が途絶える。

　ブライアンは、急いで宇宙服を着込むと、第901基地に連絡を入れる。《スターシップイワマチ》の件はすでに伝わっており、ちょうどブライアンに連絡しようとしていたところだったらしい。目の前に、所長の姿が映し出される。
　「……それで、ブライアン。非常に悪い知らせがある」
　「何でしょう？」
　「《イワマチ》だが……機密保持のために、自爆シークエンスが作動したようだ」
　ブライアンは耳を疑った。
　「それは本当ですか!?　まだジェイニー……生存者が残っているんですよ？　艦内に生存者がいるうちは、自爆シークエンスが作動することなどありえないはずでは？」
　「ジェイニーのことは、こちらでも把握している。君の婚約者らしいな。アンドロイドに人権が認められたのは、確か、2年前の9月だったか。《イワマチ》は、それよりも古いプロトコルのまま、アップデートされていなかったようだ」
　「つまり、ジェイニーを生存者とは見なさなかったのですか!?」
　「そうだ」
　「何てことだ……」
　ブライアンは、しばし言葉を失った。
　「そ……、それで所長。自爆まであとどれくらい時間が残されているのですか？」
　「自爆シークエンス作動時、残り時間が90分あった。そこから20分は経過している」
　突如、緊急通信のサイレン音が鳴り響く。きっと、ジェイニーだろう。
　「わかりました。一旦、通信を切ります」
　所長と入れ替えに、ジェイニーの姿が映し出される。
　「ジェイニー、無事か？」
　「ええ。無事よ。宇宙服に着替えたのね。《イワマチ》は、現在、生命維持装置が不安定な状態だから、宇宙服に着替えるように伝えようと思ったの」
　ジェイニーは続ける。
　「わたし、今から低層へ移動しようと思うの。低層は、ワーム種族の居住スペースで、迷路状になっているから、身を隠すのに好都合なの」
　「わかった。そうしてくれ」
　「わたしの位置情報は、ナビゲーションシステムに登録しておくわ。ワーム種族の居住スペースに入ったら、ますはコンソールを確認して」
　「すぐに合流しよう」
　ブライアンは、《スターシップイワマチ》の自爆シークエンスが作動したことを、ジェイニーに伏せておくことにした。
　「待ってるわ。ブライアンも気をつけて」

　《スターシップイワマチ》到着まで10分を切っていた。